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東北ボランティア

稲葉さんが、地元の方、他のNPO団体と話し合いを根気強く積み重ね、今年初めてのボランティアが決定した。

地元の方への配慮、他のボランティア団体からの要請、支援物資の調達、スケジュール調整などひとつでもかみ合わないとボランティアにはつながらない。

そして昨日ボランティア募集開始。

真冬の東北、そしてボランティア熱も冷めてきている時期なので「どうかな」と思っていたが、すでに多くの申し込みが来ているとのこと。

チアにっぽん 「ボランティア募集」ページに-->
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出来事 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/01/31 00:38

ユリとあたる大阪に

昨日、ユリがあたるを連れて大阪に。

残された私たちはサバイバル生活に。

といっても、カレーを作ってくれてあったので昨晩はOK。

その後、下の二人が寝た後、ユリの嫌いなアクション映画を長男と次男の男三人で観た。

悪者はどんどん殺して、大笑いで終わる。

なんとも後味の悪い映画だ。

先日、ニュース記事で、大統領候補のロムニー氏が

「どこにいようと、我々の敵を抹殺します。これらの人々は我々に対して戦争を宣言しました。彼らはアメリカ人を殺しています。我々は彼らがどこにいようと出かけて、敵を殺します」

との意見に会場は拍手喝采だったとか。

映画の中で、白人が黒人に殺されそうになる場面があった。

すると一人の黒人がその白人たすける。

白人「なんで、俺を助けた。」

黒人「お前一人が殺されたら、俺たち黒人が何人殺されると思う?」

アメリカ、黒人、白人だけの問題ではない。

このような思想はどこにでもある。

今、日本でも、「北朝鮮が悪い。」と大騒ぎになっているが、このように、国、人種、民族をひとくくりに考え、プロパガンダを繰り返す。

大阪でも相手候補を悪者にしたてる選挙戦が行われていた。

敵を作ることによって、物事の本質から目をそらさせる。いつの時代にもある戦略だが。


『自分の隣人を愛し、自分の敵を憎め。』と言われたのを、あなたがたは聞いています。
しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。


(聖書)
ひとり言 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/01/29 09:46

聖書が教える 親と子のコミュニケーション その4

第4章 あなたが責任者なのです


「お父さんとお母さん、なめられてるよ。」

表面的には、言うことを聴いているように見せて、ばれないように上手く隠してきたようだ。

ホームスクールを始めて5年目になり、子どもたちの心と少し向き合うことができたのかもしれない。


「ばれなければ、何をしてもいい。」といった考えがある。権威をきらい、権威を恐れる。

上手く、隠し通した者はラッキーで、ばれたら運が悪い。


親の立場は、しばしば間違えて用いられる。

・ただ、世話をすればいい。(衣食住を整える)
・親の怒りを子供にぶつけて従わせる
・従わないことに復讐する
・楽しく、問題を避け、子どもたちと接する
・学校任せ、他人任せにし責任を転嫁する
・子供たちの言いなりになる

私が子供のころ、父親は朝から晩まで働き、日曜日はゴルフに行き、まったく会話がなかった。
衣食住を整えるのが父親の役目、子育ては母親の仕事と割り切っていたようだ。

この章では、子育ては「あなたの責任」であると明示している。

親は、神から権威が与えられ、神の代理人として召されている。

子どもに「好きなように生きろ!」ではなく、「神に喜ばれ、神の命令を守り、神と共に歩む道を形作る。」ための権威だ。

「主の教育と訓戒によって育てなさい。」神の代理人として教育と訓戒を与える大切な勤めを担っている。そのことを忘れてはならない。

子どもが間違いを犯したとき、反抗、不従順を決して見過ごしてはいけない。また、怒りで子どもに恐れを与えることも間違いである。人間的な怒りは決して神に従う心を養わない。

親の責任は、「神に心を向けさせる」ことだ。

懲らしめることであって罰をあたえることではない。

しつけることも怠ってはならない。

私たち夫婦は、とにかく愛情を注いでいれば、子どもたちは神の愛に気づいてくれると信じていた。しかし、その「愛」という言葉を間違えて適用していた。

しつけ、懲らしめは、子どもを愛することそのものであると、この本を読んで確認できた。

子どもたちが、神の道を歩み始める時、そこにある祝福を見出すことができるだろう。

しかし、罪と不従順に破壊がもたらされることも学ばなければならない。

家族 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/01/25 14:46

フットサル

しまった!!!

昨日、ユリと陽も連れてフットサルに行くことになり、車で。

新宿ここからひろばには駐車場がないので、パーキングエリアに路上駐車することに。

1時間300円のシールをフロントガラスに貼り、練習開始。

しかし、子どもたちと熱中してプレーしていて、更新するのを忘れてしまった。

「しまった!!!」と思った時には後の祭り。

しっかり「駐車違反」のステッカーが窓ガラスに。(涙)

ひとり言 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/01/24 18:25

聖書が教える 親と子のコミュニケーション その3

「人を恐れる者でなく、神様を恐れ、神様を愛し隣人を愛する人になる。」

子どもたちが何をするかではなく、どうあるべきか。

子どもたちが、人前で賛美をしたり、新聞に載ることがあるとつい、子どもたちを褒めすぎてしまう。

先日、長男と話しているときに

「そういう時は、偽善者になってるね。」と話してくれた。

「どういうこと?」

「人からどう思われるか、どう評価されるかを考えてるんだよ。神様のことじゃなくてね。」

ガーン!!!


聖書が教える 親と子のコミュニケーション 第3章では、「信仰の方向性」では、まさにこのポイントが指摘されている。

子どもたちに「信仰の方向性」を示し続ける。

何をしているかでなく、心がどこに向いているかがその子の将来を左右する。

信仰の方向性がしっかり神に向かっているとき、どのように状況の中にあっても揺らぐことがない。

例としてヨセフが挙げられている。

父親に偏愛され、兄弟に裏切られ、奴隷となり、濡れ衣で囚人にまでなる。

しかし、彼の信仰は揺らぐことがなかった。

「信仰の方向性」が正しく神にセットされていた。

前の章で子どもへの環境が及ぼす影響について述べられていたが、たとえ環境がどうであろうとも「信仰の方向性」が定まっていれば、どんな環境でも乗り越えられる。



信仰は、もともと人間が持っているもっとも高尚な神様から与えられた性質だ。

しかし、問題はその信仰がどこに向けられているかだ。

「人からどう思われるか」、言い換えれば、その信仰の方向性が神様から外れ、自分自身に向いているのでは。

この章では、子どもたちがどのような人に成長するか、二つの要素でまとめられている。

ひとつは、環境

二つ目は、その子自身の信仰の方向性

子育ては、「その子が、何になるか」ではなく、神を知り神をあがめる人として応答するように導いていくことだ。

祈りつつ
子供 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/01/19 18:05

アカウンタビリティー

会社では投資家、社員、ユーザに対してアカウンタビリティー(説明責任)がある。

情報を共有することにより、不正を防ぎ、利益を分配できる。

最近、大きなニュースになったオリンパスの有価証券報告書の虚偽記載は、まさにこのアカウンタビリティーを裏切った例だ。

家族の中でも、情報を共有することが必要だ。

しかし、規則ができ罰則ができると罰則から逃れるためにこの報告を怠り、隠したり欺いたりする。



聖書で人間が持っているこの習性が描かれている。

アダムとエバの例だ。

神様と人間の間には、愛によるハーモニーがあった。

しかし、アダムとエバはその信頼関係を裏切る行為にいたる。


そこで、問われたのがこの「アカウンタビリティ(報告)」だった。

もしこの時に彼らが自分たちの裏切り行為を認め、神様の前に出れば事態は変わったのではと、考えることがある。


信頼関係が裏切られるとき、裏切られた者の方が傷つく。


改めて自分自身を見つめなおすことができた。

「神様に対して私自身隠し事がないか?」

「説明責任を果たしているか?」

「表面的にいい夫、いい家庭を演じているのでは?」




「あなたはこの山に長くとどまっていた。向きを変えて出発せよ。」(聖書 申命記1:6-7)

自分自身の保身そして幸せな家族。

私にとっての「ホレブの山」だったのかもしれない。


向きを変える。

偽善ではなく、心から神様に仕える。

言葉だけでなく、行動。

自己中心でなく、自己犠牲。

そんなことを問われた事件だった。
ひとり言 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/01/19 10:32

信頼関係

信頼関係を築くのには時間がかかる。
特に、ビジネスの世界では少しずつ時間をかけて築いていく。
この関係を築く前に物事を進めようとする相手は、疑ってしまう。
経験から、「今直ぐに。」とか「明日にはないかもしれない。」などの営業トークは、ほぼ間違いなく怪しい。

また長年築き上げた信頼関係でさえ、壊れると回復するのは難しい。

一度壊れた信頼関係は、一つずつ回復するしかない。
ひとり言 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/01/17 12:21

大問題が・・・

ん・・・・

我が家で大問題が、

本人は、「解決済み」としたいようだが。

ひとり言 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/01/16 00:54

ボーイズ・スキーキャンプ

2年前、こうき君が企画して始まったボーイズ・スキーキャンプ、今回で3回目。

こうき君は、今回は受験モードに入り欠席。その後引き継いで、勇士が・・・

ボーイズ12名、+たいしと私で14名で。
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夕食はレトルトカレー

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賛美。その後、聖書の時間。

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朝は、マイナス15度くらいに。寒かった・・

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スキー開始。今回始めては4名。全くレッスンなしで、いきなり本番に。はたして・・・

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大使も初滑り。

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大成功!!!

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しばらくすると、初心者コースもクリア

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午前中には、みな初級コースは、クリア。

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午後、勇士スノーボードに挑戦。

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お、いけるかも・・・

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出だし好調。しかし。

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ドテ。

その後、6時まで、ほとんど休みなしで滑り続け、へとへとに。

私は、大使と初心者コースで特訓。

最後の30分、大使をいさくに預け、私もスキーに。

「この時間にボーゲンのおじさん。誰かと思ったらお父さんだったよ。」(翼)

ボーゲンで、30分で6回、初級コースを滑ったが、それでもへとへとに。

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最終日は、我が家で。午前中はリラックスタイム、午後、賛美と証の時間。

「大使、立つな!!!」
出来事 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/01/15 20:45

ボーイズキャンプ

昨晩から、ボーイズ13人を連れてスキーキャンプに。

今日は、数年ぶりの四回目くらいのスキーに挑戦。

疲れた。

足柄サービスエリアで。
子供 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/01/13 19:53

聖書が教える 親と子のコミュニケーション から その2

朝、7時には起床してディボーション、7時30分から食事。
しかし、起こしてもなかなか起きない子どもが一人いる。

起こす方も、起こされる方もへとへとになりながら・・・

聖書が教える 親と子のコミュニケーション 第2章では、「子どもを形作る影響」と題し、家庭が一番大きな影響を与えていると書かれている。

1.家庭生活の構造

 親、兄弟、祖父母、親戚から受ける影響について

2.家庭の価値観

 家庭生活が、神を知り、神を愛することを中止に営まれているか。
 
 一つの例として
「子どもに次のような質問をしたときどう応答するか。『次のどちらが大変なことだと思うか?高価な花瓶を壊したとき、あるいは、両親のはっきりとした言いつけに従わなかったとき。』」

 もし、「高価な花瓶を壊したとき」と答えるなら、その家の価値観は、高価な花瓶のほうがその子の不従順よりも大きな関心があるということになる。

 我が家ではどうだろうか?今日帰って、試してみることに。。。(汗)

3.家族の役割

 父親、母親、兄弟の役割を通して人間関係を学んでいく。

 フム、フム、父親、母親の役割は重要かも。

4.家庭内における争いの解決法

 「子どもは、家庭の影響によって訓練され、愚か者にも、あるいは利口で知恵のある者にもなれる。」

 家庭内での問題解決方法が、将来につながる。問題に直面すると、逃避する両親に育てられると逃避することを学んでしまう。

5.失敗したときの家族の反応

 「子どもが失敗したとき親がどのように反応するかによって、子どもの人格が形成される。」

 最近、我が家の問題は、タイシのおねしょ。時々、怒りたくなるが。

6.家族の歴史

 「結婚、離婚、収入の問題、引っ越しなど家族の歴史が価値観や物の見方に深い影響を与える。」


6つの家庭での環境からの子どもへの影響は大きい。しかし、それがすべてでないとこの章では締めくくっている。
それぞれの子どもと向かい合いながら、一人一人の子に最適の環境を作ることを努力しつつ、祈り育てていく。
しかし、決定論者になってはいけない。
「こんな環境だったから、こうなった。」「こうすれば、必ず、こうなる。」子育てはそんな単純なものではない。
確かに、家庭環境が大きく子どもの将来に影響を与えることは確かだが、絶対ではない。

家族 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/01/10 19:02

キッコーマン、醤油工場見学

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今日は、いさわさん家族が計画してくださった醤油工場見学に。勇士は、フットサルの試合で不参加。
ヨハネくんとはしゃぐ大使。最後までハイテンション。

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工場内は撮影は、できなかったが、特別に醤油のできるまでを体験。つばさくんとけいごくんも。

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準備完了。

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まずは、材料の大豆と小麦と塩。

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キッコーマン菌と混ぜると。

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発酵をはじめ、6ヵ月後には熟成。

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絞り完成。

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やったー。

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できたお醤油を、焼きたてのおせんべいに。「おいしかったー」

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総勢60人での見学。

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大きな醤油の上に。

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びっくりするみぎわ。
出来事 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/01/08 00:44

聖書が教える 親と子のコミュニケーション から

「これ、片づけといて。」

「これ、僕がだしてないよ。タイシが出したんだよ。」

「誰が出したか、聞いてない。『片づけて』と言ったんだ(怒)」

なんて会話が最近我が家でよくある。

この会話で、いくつかの問題点が・・・

まず、この程度で怒っている私に大いに問題があるのだが、そこはおいておいて。

一つ目は、従いたくないといった態度、二つ目は、自分は手伝いたくない、そして、その原因を他人のせいにしている。

子育てをしていて、つい忘れてしまうのは、「何をしたか、何をしていないか」にフォーカスをあててしまい、子どもたちの心を見過ごしてしまう。

「聖書が教える 親と子のコミュニケーション」(ホームスクーリング・ビジョン)を今日から一章づつ、我が家の例を交えながら、書き留めておくことに。

第一部 聖書的な子育ての土台
第一章 行いの奥にあるもの

「力の限り、見張って、あなたの心を見守れ。いのちの泉はこれからわく。」(箴言4:23)

「子育ては、心を養い導くこと。子どもの行いを通り越して心の中を見つめる。そして子どもにキリストの十字架の意味を理解させる。神こそが人生の土台であるとを一方的に教えるのではなく、毎日の生活の中で本人が気づきとらえるように導く。」
一章を私なりに要約してみた。

行いを正すだけでは、偽善者を育ててしまう。心こそが人生をコントロールする場所である。兄弟げんかをただすとき、子どもたちにその原因を聞くとたいていは相手の悪さ、自分の正しさを主張する。

問題は、どちらが正しいか悪いかでなく、どちらも自己中心ということだ。

我が家の例を最初に書いたが、問題は、片づけること、散らかしたことではなく、自己中心がある。

「自分だけ、なんで片づけしなくちゃいけないんだ。」

「自分は、こんなに一生懸命にやってるのに、・・・」

心にあるこんな思いと向き合っていく。私自身もイエスの十字架を見上げながら。

<次回>
第2章 子どもの成長(1)子どもを形作る影響
子供 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/01/06 15:10

西山家大集合

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(撮影 こうさん)

ユリのお母さんの兄弟家族集合。

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乾杯の後、たこ焼き、しし鍋、鯛、ラザニア、ちらしずし、おさしみ、パン、・・・・、ケーキ。
とにかく御馳走食べ放題。

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やくちゃんとあたる。
家族 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/01/04 11:01

偽善

「偽善」聖書の中でイエスがもっとも嫌ったことかもしれない。

罪人、犯罪者、不道徳な者に愛をかけたイエスが、偽善に対しては厳しく戒める。

自分の心を見るとき、はたして何に向かっているのか、何を考え行動にいたるのか?

心の中は、自分と神様にしかわからない。たとえどなんに熱心な宗教家、立派な人のように見えてもだ。

「使徒の働き」の中にステパノという人物が描かれている。

その当時の宗教家から迫害され、命を失う。

「主よ。この罪を彼らに負わせないでください。」

死の直前の彼の言葉だ。心の底からの彼の叫びだった。それが彼の生き方だった。


今年、教会の昨日の礼拝で指針聖句からメッセージがあった。

「向きを変えて出発せよ。」

憎しみから赦しに、怒りからあわれみに、そして、自己中心から自己犠牲に向きを変える。

「心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。」

たとえ、結果がステパノのように敗北と思える人生でも、その後、彼の死によってイエスの教えが広まっていった。

人からの理解、賞賛などは大した問題ではないのかもしれない。
ひとり言 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/01/03 07:19

2012年

大晦日は、昼、ロイも久しぶりにシャンプーできれいにし

夜、年越しそばを食べた後、

昨年一年を家族で振り返りつつ年越し礼拝。

我が家では、テレビを観ていないので、いわゆる「お正月」といった雰囲気はないが、静かに新年を迎えた。

今、後ろでは、大使が「クリスマスのDVD」を観ていて、お正月なのにクリスマスソングが流れている・・・・


今年は、英語に再チャレンジ。アンドロイドで英語の聖書を聞けるので、「全部聞くぞ!」
早速、創世記から。

「全世界に福音を伝える。」
「次世代にバトンを渡す。」

今年も走り続けることが出来るように。祈りつつ

ひとり言 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2012/01/01 11:03
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