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家族の話

戦後、父は建設会社に就職し、その会社も高度成長期の波に乗り業績を伸ばしていきました。私は3人兄弟の3男として生まれたころ、父は会社で週7日間、朝早くから夜中まで仕事に没頭していました。
母はそんな父への不平不満をいつも子供たちにつぶやいていました。

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父の口癖は「一流になれ。」。そんな父の期待に応えて長男は、高校生までは優等生としてがんばっていましたが、ある日、今で言う引きこもりのような状態になってしまいました。
次男は、次第に無口になり、家ではまったく話すことがなくなり、近くによると何かおもぐるしさを感じるほどでした。
私ですが、学校でたびたび問題を起こし、何度も両親が呼び出され、両親には随分苦労をかけてしまいました。
そんな、我が家に大きな転機がおとずれたのは、私が中学2年生の時でした。
近所の教会の方が配ってくださった一枚のトラクトをきっかけに、兄と教会に通い始め、私たち兄弟は、すぐにクリスチャンになる決心をしました。洗礼式の日、父と母も、私たちの教会に参加してくれたのが印象的でした。
父は、完全な無神論者で、「祈る時間があれば、自分で考え努力しろ。」といい、建設現場で行われていた、地鎮祭なども中止にし、神棚は経費の無駄遣いだと言って現場に置かなかったほどです。そんな父が、聖書を開いて読みだしたのです。しばらく読み進んだとき、金持ちの話が神様の言葉として父の心に響いてきたと話してくれました。
「自分のためにたくわえても、神の前に富まない者はこのとおりです。」
会社では出世し、社会的な地位や名誉も手に入れ、財産もでき、そんな時だったのかもしれません。決断力と実行力のある父は、すぐにイエスを信じ母と共に洗礼を受けました。
それまで、自分の力だけを信じ、がむしゃらに生きてきた父ですが、聖書を読み、彼の人生観がまったく変わってしまいました。
会社では聖書から神様の愛を語り、キリスト教のテレビ番組に出演し、我が家がイエス・キリストによってまったく変わったことを全国に証していました。
母は、それまで父への不平不満の生活から、感謝と喜びの生活に変えられていました。
会う人会う人に、救いの喜びを伝え、多くの方が教会に来てくださり次々に救いに導かれました。後で数えてみるとその一年の間に30名以上の人が洗礼を受けてくださいました。
次男は、「人間は、いったい何のために生きているんだ。死で終わりならば生きている意味があるのか? 自分は何者なのか?」などと中学生のころから真剣に悩んでいたそうです。
彼は、聖書の中にそのすべての答えを見つけだしたのです。
長男が、初めて教会に来たとき、自分が罪人であると感じたそうです。そして、その罪を神様の前に悔い改め、徹底的に聖書を読み始めました。聖書の時代背景を調べ、年代表、四福音書の違いの表を作り、聖書に書かれていることを一つ一つ確かめていったのです。
私ですが、大学2年の夏、オートバイで大事故を起こしてしまいます。
救急車の中、出血多量で、意識がだんだんなくなっていくとき、これが死ぬことなのかと思いました。その後、約5年間の病院生活のなか、自分は神様に生かされていると確信します。そしてその確信は今も変わることがありません。



たった一枚のトラクトを通して私たち家族は、神様の元へ導かれました。
「十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。」(Ⅰコリント1:18)

十字架のことばは、すべての人に希望を与える力があること、生きる力を与えてくれること、喜びと平安に満ちた生活を送ることができることを私たち家族の体験からも、証させていただきます。
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出来事 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2014/01/22 08:13

クリスチャンって?

クリスチャンって?

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あたると、公園で

先日、取引先の営業の方から聞かれました。「ところで、クリスチャンって何するんですか?」
「聖書に書かれていることを信じ、その教えに従おうとしてる人々かな?そして、イエス・キリストを人生の目標として歩んでいる人です。」
仕事の中でも、自分がクリスチャンであること、教会に通っている話になり、「で、クリスチャンとは何者、なぜクリスチャンになったんですか?」という話になります。
「『聖書に書かれている、神様を信じ、自分の罪を認め、イエス・キリストの十字架が自分の罪のためであったこと、イエス・キリストが墓に葬られ、三日目によみがえり今も生きていると信じること。ただ、イエス・キリストを信じる信仰により、救いがある。そして永遠に神の国で生きる希望が与えられる。』これだけなんです。こんな簡単なことなので是非、イエス様を信じてください。『酒、たばこは、やめなさい』、『献金しなさい』とか『教会に来なさい』なんてことは言いません。」さらに、付け加えるとすると、
「クリスチャンとは、宗教(儀式的に何かをする)ではなく、心から神様を愛し、人々に仕え、神様の愛を伝えることです。」

ひとり言 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2014/01/08 12:34
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