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ホームスクール

チアにっぽん」のホームページを見たのがきっかけで、
ホームスクールを初めて7年目になるが、

「本当に良かった~。」と毎日のように思わされる。

で何が良かったのか、家族、仕事、教会という点から見てみると。

a.夫婦
聖書の中に夫婦のありかたについて書かれている箇所がある。

「妻たちよ。あなたがたは、主に従うように、自分の夫に従いなさい。
なぜなら、キリストは教会のかしらであって、ご自身がそのからだの救い主であられるように、夫は妻のかしらであるからです。
教会がキリストに従うように、妻も、すべてのことにおいて、夫に従うべきです。
夫たちよ。キリストが教会を愛し、教会のためにご自身をささげられたように、あなたがたも、自分の妻を愛しなさい。」


どちらが上下というのではなく、夫婦の中に秩序が必要であること。しかしその本質は愛であることが書かれている。

ホームスクールを始めて、とにかく夫婦で話し合い、祈り合い支え合っていかなければ続けられない毎日だ。その中で、妻がこの聖書の一節に忠実に従ってくれている。

難しい問題、答えのない課題に最終的に私の判断に従ってくれている。そればかりでなく、意見の分かれた課題であっても最終的にはそのことを支持し助けてくれている。

夫婦で子どもたちの将来を考え祈り協力することにより、本当の愛が育まれている。

b.子ども

「子どもたちよ。主にあって両親に従いなさい。これは正しいことだからです。
『あなたの父と母を敬え。』これは第一の戒めであり、約束を伴ったものです。すなわち、
『そうしたら、あなたはしあわせになり、地上で長生きする。』という約束です。」


「両親に従うこと、敬うこと」、このことができれば子育ては成功!!

勉強ができるとか、スポーツや音楽が人より秀でていることなどは大した問題ではないのかもしれない。

「両親に従うこと、敬うこと」ということに多くの意味がある。

 ・人間関係を築くこと
 ・社会のルールに従うこと
 ・神様を恐れること
 ・誠実に勤勉に生きる
 ・礼儀に反することをしない
 ・人のために生きる

などなど「両親に従う」ことにより多くの実を見ることができる

「偏差値」「人よりも秀でていること」「お金もうけ」を決してゴールにしてはいけない。

c.家庭礼拝そして教会

「心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。
私がきょう、あなたに命じるこれらのことばを、あなたの心に刻みなさい。
これをあなたの子どもたちによく教え込みなさい。あなたが家にすわっているときも、道を歩くときも、寝るときも、起きるときも、これを唱えなさい。」


ホームスクールを始めて、家庭が教会であり、学校になった。子どもたちも親もダブルスタンダードにならなくてすむ。

周りに合わせて自分を装うのではなく、神様を愛することがすべての原動力になる。

私たち夫婦も日々の生活を子どもたちにさらけ出さなければならない。しかし、本音で話し合い祈り合える。
「面従腹背」的な裏表のある生き方でなく、本音で生きることこそ楽に気持ちよく生きられる。

d.仕事

「何をするにも、人に対してではなく、主に対してするように、心からしなさい。」

仕事は、人々に仕えるために神さまが私たちに与えてくださった賜物だ。また主の愛を示すとても良い機会になる。

ここでも同じことは、信仰と仕事を分離するのではなく、仕事を通しても「神様を指し示す」ことができると思う。

「いい大学に入り、いい会社に就職する。」のではなく、神さまから与えられた才能を人々に仕えるために用いていく。

「神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。」

「神さまに信頼する生き方」 これこそがホームスクールの真髄だ。

「ホームスクール、初めてよかった。」

と心底思えるのも、「ホームスクール」に解決があるのではなく、

信仰者として「生活、教育、仕事、教会」が分離しているのではなく、

何をしていてもどこにいても「聖書」の価値観を自分の人生の中心に置くことに本当の平安がある。

いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。その中で一番すぐれているのは愛です。
家族 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2013/08/21 16:02
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